自惚れや、自己愛などではなく、


今までずっと愛に飢えて愛に溺れていると思い込んで生活していました。
愛が足りないから頑張っている。愛がないから苦しんでいる。愛をもらえないから尽くしている。そんなふうに自分に言い聞かせながら音楽をしていた気がします。

少し前に私の人生が変わる出来事がありました。それはまったく嬉しいことではありませんが、誰も傷つけず、私が私と向き合う為の、私が私を戒めるための決断でした。その日からいろいろな事を考えるようになりました。

どうすれば私には愛が満ち足りるのか。どうしたら私は愛を必要としなくなるのか。愛ばかりを欲する日々から抜け出せるのか。

答えは出ていませんが、なんとなく、気づいたことがあります。私は、愛に溺れているのではない。私に、私自身に溺れているのだろうと。

それは、自惚れや自己愛などではなく、私の心の奥底に眠っている暗い部分、私に対する先入観、思い込みに溺れているのです。私は私自身を第三者から見た視線、と言いつつ、私はその言葉で自分自身を言い聞かせていたのです。
例えば、私は無音だと苦しくなるから、と言って音楽やテレビを鳴らしていたり、私には音楽しかないから、と音楽だけを続けていたり。その言葉が自分を縛っていたんだろうと思うのです。

私は私に対する思い込みを鵜呑みにして、自分で自分を苦しめていたのだなと思うと、なんとなく、愛が足りないのではなく、愛が満ち足りていたことに気づけていなかったのだろう、、、と。でもそれに気づけたからと言ってすぐに私が、全ての物事に対して私に対する先入観を取っ払うことは出来ませんから、まだ、私はこんな私と関係を続けていかなくてはなりません。

自分自身と向き合うというのは本当に難しいことだと思います。私たちはこれから先も、私たち自身とは別れられないのですから、少しずつ、私が、私の、1番の理解者になれるようにありたい、と。