「あの!ちょっとすみません、」
隣の客が手を挙げる。
その声に私たちの会話はかき消された。
いや、私たち、よりも私の声、と言った方が正しい。
貴方はずっと口を噤んでいる。
多分、私たちは今日でお終いだから。
「アイスティーを、ひとつ。」
あ、アイスティーか。
こんな寒い冬に、アイスティーを、頼むのか。
まぁそんなこと、私が口を出す理由なんてないし、アイスティーを飲みたくなる事だってあるか。でも私にはわからないな。この寒い時期に、、
なんて、今の会話を忘れてしまうくらい別の、アイスティーのことを考えていた。
結局私たち、いや、私の会話はそのアイスティーの注文に止められたまま、其の儘である。そして相も変わらず、貴方は何も発しようとはしなかった。
「あのさ、もう、私たち一緒に居るのは辞、」
「すみません。」
私が会話を続けようとすると突然貴方は手を挙げる。突然の事で私はとても驚いた。会話を止めてまで何を、、。
「アイスティーを、ひとつ。」
私にはわからなかった。何もわからなかった。感情を失った人形みたいに、私は突然のことに呆気に取られて固まっていた。貴方が突然私の会話を止めたことも、突然大きな声を出したことも、遮ってまでこのタイミングまで頼んだことも、アイスティーを頼んだことも。
アイスティーが来るまでの時間、私たちは無言を続けた。動かず、視線も変えず。そのまま。
アイスティーが来て、貴方は口をつけ、一口。そしてテーブルの上にそっと置いて言う。
「ごめん、なんだっけ。」
「いや、うん、なんでもなくて。美味しい?アイスティー。」
「うん。」
「なんで寒いのにアイスティーなの?」
「なんとなく、かな。今ちょっと、飲みたくて。」
「そっか。」
貴方がそれを飲み干すまで、私は貴方を見つめていた。ゴツゴツとしたその手も。下を向くと長くて女の子みたいなまつ毛も。癖で丸くなっている髪の毛も。白くて綺麗な肌も。全部が好きだったな、と思い返していた。そして貴方がアイスティーを飲み干す頃には私の「別れよう」という言葉を心に隠して、今日も何も言えずに終わってしまった。
「アイスティーと隠し事」 / 淡甘